所得税法第37条の静寂を破る ― 個人事業主の「未払賞与」経費化の法理

1. 「法人税の常識」は所得税でも通用するか?

「決算賞与の未払計上」。 法人税の実務では、施行令に定められた要件を満たせば、キャッシュが出ていなくても当期の損金に算入できることはよく知られています。

では、所得税・個人事業主はどうでしょうか。「年末特別賞与を年明けに支給したいけど 個人にはそんな施行令、ないよね?」「実際に年内に払わないとダメでしょ?」という消極的な声が聞こえてきそうですが、実はそこに大きな「知の空白地帯」があります。

2. すべての根拠は「所得税法第37条」にある

なぜ、明文化された施行令がないにもかかわらず、未払賞与が経費になり得るのか。 その答えは、所得税法の背骨とも言える第37条(必要経費)に集約されます。

その年において債務の確定しないものを除く、これが所得税における「債務確定主義」の宣言です。 法理的に言えば、12月31日時点で「債務が確定」していれば、それが未払いであっても必要経費に算入されるのは、所得税法の構造上、至極当然の帰結とも言えます。

3. 「未払賞与」を必要経費で落とすための3つの鉄則

「債務が確定した」には、客観的な事実の積み上げが必要です。法人税の基準を援用した、以下の3つのプロセスが必要となります。

  • 【確定】12月31日までの個別通知 支給額を各人別に、かつ同時期に支給を受ける全ての使用人に対して通知していること
  • 【完結】1月31日までの支払い 年明け1ヶ月以内の支払い
  • 【記載】当期帳簿への未払計上 「発生主義」に基づき、12月31日付で未払金として処理

4. 専門家が注視する「専従者(家族)」の境界線

ここで、所得税法第57条(専従者給与)の壁が登場します。(青色事業)専従者給与は支払うことで必要経費に算入されます。

  • 一般スタッフ(非親族):原則である第37条(債務確定主義)が適用される。
  • 専従者(家族)第57条が適用される。(現金主義)

所得税法第57条は、(青色事業)専従者への給与・賞与について「支払を受けた金額」であることを要件としています。つまり、家族分だけは未払計上での必要経費処理が認められず、年内の現預金支給が条件となります。

この「37条」と「57条」を峻別して使い分けることこそが、知的なタックスマネジメントの真髄です。「専従者は年末特別賞与の対象外ですよ」 このケースであれば37条のみの対応になります。

5. 結びに:組織化された個人事業主のために

個人医院や歯科医院のようなクリニック、士業事務所、理容・美容など、家族以外のスタッフを雇用する現場において、未払賞与の計上は極めて健全な「期間損益計算」の会計処理です。

「あまり聞かない話だから」と敬遠するのではなく、法の原則に立ち返る。 所得税法第37条の静寂の中に眠る正当な権利を、正しく行使してみてはいかがでしょうか。